HPアクセス10000件突破記念
ヨコハマ贈り物紀行
「記念日」
今、お店の中には人待ち顔の男性が一人、
窓の外を眺めています。
それを見ていると、昔似たような顔をして
窓の外を見ていた「ある人」のことを思い出しました。
そういえば、あの日も今日みたいにいいお天気でしたっけ。
なんだか時間がゆったりと感じられるので、
今日はその人についてお話ししましょう。
その方の名前は田辺博史さんと言います。
遠いところからよく来てくださる、とても素敵な男性です。
気さくな方で、話しかけるといつも笑顔を返してくれました。
そんな田辺さんですが、どうもその日は様子がいつもと違っていました。
窓の外を眺めてぼぉっとすることもたまにはあるのですが、
その日は本当に落ち着き無く、
窓の外を眺めてはため息をついてうつむいてしまうのです。
私はどうもこういう雰囲気が苦手で、
どうしたらいいのかわからず途方に暮れかけていました。
田辺さんはとある大学に勤めてらっしゃる方だそうで、
あ〜……
何してる人だったかしら
(ひ〜ん(ToT)ごめんなさい)
……とっ……とにかく大学に勤めてる方なのです!ってば……
田辺さんが初めて来店された日は
とっても風の穏やかな、よく晴れた日の昼下がりでした。
今からもう4年くらい前のことになります。
少し風に当たりたくて外のテラスに出て、
イスに座ってうとうととしているところに、田辺さんはおこしになられました
。
背広の上着を手に持って、汗を拭きながら一言、
「今日はとってもいい天気ですね」
とおっしゃるその顔は少し陽に焼けた感じでした。
その日から田辺さんはお店の常連さんとなったのです。
(ありがたいことです(^^;)
田辺さんには二宮麻弥さんという素敵な彼女がいらっしゃいました。
何度かお二人一緒に来店されたこともありました。
こちらも笑顔の柔らかな方で、背はそんなに高くなく、
物腰は穏やかそうに見えるのですが、容姿に似合わず結構芯の強い方でした。
話し合いの最中何度も謝っている田辺さんを目撃したものです。
(たまに半分泣きそうになりながら謝ってることもありましたっけ)
なんでもお二人の出会いは高校一年の時だそうです。
たまたま隣の席になって、
田辺さんが教科書を忘れたので見せてもらったのが始まりだとか。
いつか田辺さんがぽつりと
「もう少しドラマチックな出会いだったらなぁ…」
とかつぶやいてましたが、
人の出会いなんてきっとそんなものじゃないでしょうか。
ホンの些細な、でも、着実な出会い。
それから足かけ……えっと……3+4+2で……9年ですか。
様々な紆余曲折を経て現在に至ったそうです。
年月と年齢とその日の田辺さんを見ていると、
どうもその日は田辺さん、
麻弥さんに大事なお話をするはずだったようなのです。
(いいですねぇ、若いって(^^))
来店されてから早2時間、コーヒーのお替わりは3杯。
麻弥さんは現れませんでした。
麻弥さんはそんなに方向感覚に疎い方ではないので道に迷ったとは考えにくく
、
また約束を破るような人でもありませんし何かあれば
ちゃんと連絡を入れる方なのですっぽかしたとも考えられません。
何かあったのかと疑いたくなくても疑ってしまうような時間が
じりじりと過ぎていきました。
その間、田辺さんはどんなことを考えていたのでしょうか。
私には想像も及びませんでしたが、
おそらく永遠にも似た時間を感じていたのでしょう。
夕暮れ時、日もかなり傾き風も少し肌寒く感じられるようになっても
まだ麻弥さんはやってきませんでした。
田辺さんは何度も麻弥さんに連絡を取ろうと試みられましたが
いずれも失敗に終わったようでした。
連絡を受けた麻弥さんのご両親も心配になったらしく
方々連絡をしてみたそうですがやはり居所はわからないということで、
ついに田辺さんは頭を抱えてうずくまってしまいました。
もう待ち始めてから4時間が経過していました。
「信じましょう」
私に言えることはこれしか無く、ただメイポロをそっと
テーブルに置いて行くしかできませんでした。
と、突然田辺さんは何かを思いつかれたらしく
弾けるように外に飛び出していきました。
きっと心当たりがあったのでしょう。
これで見つかってくれればいいな、と心から思いながら、
何かに呼ばれたように私は月琴を手に外のテラスに出ました。
気の向くまま、風の向くまま、そして心のむくまま
手を動かし弦をつま弾く…
別に何か意味があるわけではありませんし、
ホントにただなんとなくだったのですが
その時の私は夢中で月琴を引いていました。
まるで何かの使命を果たすかのように。
どの位が経ったでしょうか。
暗い夜道を向こうから人が歩いてくる気配がしました。
ゆっくり、ゆっくり、
仲良く寄り添いながら。
何か話してもいるようでした。
そして、さながら私の月琴の音色が
二人をここまでいざなっているようでした。
どうやら田辺さんの心当たりは正しかったようです。
「麻弥も薄々は今日ここで何が起こるのかわかっていたようです。
もう長いつきあいですから」
と、田辺さんが話し出しました。
もう外は真っ暗で、遠くから虫の鳴く声が聞こえてきました。
「やはり色々なことが頭をよぎって麻弥も悩んでいたようです」
麻弥さんを見ながら気遣いながら、言葉を紡ぎだしていきます。
「……それで麻弥さんはいったいどこに?」
「この先を少し行ったところにある小さな公園です」
「この先の……ああ、あそこですか」
「僕がそこに行ったとき、彼女はブランコに座って泣きながら眠ってました。
行きたくても行けない、
どうしたらいいのかわからない、
結論はわかっているのだけれども言い出す勇気が持てない、
会ってもどんな顔をすればいいのかわからない、
これではとても会うことなど出来ない、
その場を動けない。
そして途方に暮れていたんだそうです」
「そうですか……」
麻弥さんは終始うつむいたままでした。
時折泣き出しそうになるのをこらえながら、
なんとか持ちこたえて田辺さんの言葉を聞いているようでした。
「それもこれもすべて僕がしっかりしていなかったからかもしれません。
追い込んだのは僕の不甲斐なさ、力の無さからだったかもしれません。
もし、僕がもう少ししっかりしていれば、彼女をここまで
追い込むことも……」
「違うの!」
田辺さんの言葉が終わらないうちに麻弥さんが
突然言葉を切り出しました。
「違うの……違うの……」
そして言葉は泣き声によってかき消されていきました。
その場にいる誰にもかける言葉などありませんでした。
すると田辺さんがこんなことを言い出しました。
「アルファさん、さっき外で弾いていた曲、
もう一度お聞かせ願えませんか?」
突然のことで私もびっくりしていたのですが、
大切な常連さんのたってのお願いです。
私にお断りする理由などありませんでした。
「いいですよ。
そうだ、気持ちよさそうですから外に出ませんか?」
結局その日、ここでは何事も起こりませんでした。
もしかしたら既に公園でなにかしらの話し合いがなされていたのかも知れませ
ん。
帰り道の道すがら、何かが行われていたのかも知れません。
いずれにしても私の想像できることではありませんが。
そしてそれから2週間くらい経ってからでしょうか。
私のところにお二人からのお手紙が届いたのは。
とっても幸せそうな顔した二人がそこにはいました。
そしてその下には幸せが倍になるようなあのフレーズが…
末永くお幸せになって欲しいと願うのでした。
さて、お話はここまでです。
目の前では少し待ちぼうけを食った男性が、
ようやくやってきた女性を迎えに
表に出ていったところです。
そういえば、あの日帰り際に田辺さんはこんなことをおっしゃってました。
「あの音色がね、二人をつなぎとめてくれたんですよ…」
とっても嬉しい一言でした。
もしかしたら神様がこのことを見越して私に月琴を弾かせたのかも知れません
。
先ほどのカップルが帰った後、私は外に出てみました。
あの日と同じくらい、良い天気の日ですから。
手をグンと空に伸ばして背伸びを一つ。
ん〜〜〜〜〜〜〜〜ん、いい気持ち!
こんな日には自然と笑顔がこぼれちゃいますね。
こんな幸せな日がいつまでも続きますように。
This short-novel was produced by 思希久恭