木の惑星(作:マンネンさん 1998.10.31)



<木の惑星へ>

「あーあ・・・」
最近学校行ってないなぁと思いながら、街の道を歩く。
バイトをして、遊ぶためのお金を手に入れ、またバイトをする・・・
毎日がそんな繰り返しだ。
今日はバイト先の都合で休み。しかたなく街をぶらつく。
今から学校へ行けば間に合うが、なんだかそんな気にはなれなかった。
「うー・・・」
また、のびをする。
いつのまにやら人通りの少ない裏道を歩いていた。
見慣れぬ道をただひたすらに歩く。
その間にこれからの事やどうでもいい事を考えながらぼんやりと道なりに進
んで行った。
しばらくすると目の前にトンネルが見えてきた。
いつもなら気にせずに通るようなトンネルだったが、トンネルの脇には男が
立っていた。
男は頭に背の高い帽子に燕尾服。手にはステッキといういかにも紳士然とし
た格好をしている。顔はうつむき加減で良く見えない。
が、こんな所で正装で立っているのはどう考えても怪しい。
僕は視線をわずかにその男に向け、その場を素早く通り抜けようとした。

「あー、君、ちょっと。」
甲高い声で呼び止められ、思わず立ち止まり振り向く。
この場には僕しかいない事はわかっていたが、とりあえず自分を指差しして確認をする。
その男は頭を上下に振り、こっちに来いと手招きしている。
「なんスカ?」
いぶかしげな僕の視線を気にする様子もなく男は言った。
「今、ヒマ?」
「へ?・・・はぁ・・・。」
「そうか、そうか。大変よろしい。君、モニター体験してみないかね?」
「え、なんスカ、それ。」
「君は大変ラッキーだよ。今なら一名500円でホシが買えるよ。どうだい?」
まずい・・・。何かのセールスか?
「いや、僕、金ないですし・・・。」
「なぁに、心配いらん。気に入らなかったら即刻全金額を返すよ。まぁ保険の
ようなもんだ。ほら、これが契約書。住所とか電話番号はいらん。名前のサイ
ンだけでいいんだ。後くされの心配もなしだ、ハハハ。」
男が見せた契約書とやらには『木の惑星 買取り契約書』と書かれている。
ホシ?惑星?よくわからない契約書だ・・・。
僕は、今どっちみちヒマであるしだまされたとしても500円くらいだったら
いいかという気持になった。
なにより、『木の惑星』なるものがどんなものか好奇心がうずいた。
「本当に、500円だけでいいんですか?」
「もちろんだとも。」
僕はポケットの財布を取り出し、中身を確認する。
1430円。
少ない僕の全財産だ。
なけなしの千円札を取り出し男に渡す。男は500円玉をおつりとしてくれた。
その後、ペンを借りて契約書とやらに名前をサインする。
男は僕にその契約書を渡し言った。
「フム・・・、大変結構です。では、目をつぶって下さい。」
はぁ!?もしかして、そのまま逃げるんじゃないだろうな。
「あぁ、失礼。大丈夫、逃げはしませんよ。なんなら私の服を掴んで下さい。」
見透かされたように服を握らされる。
「ほら、これで大丈夫。さぁ、目をつぶってみて下さい。」
本当に大丈夫なんだろうか。不安になりながらも頭を下げて目をつぶる。
「・・・うむ、大変結構。では、木の惑星をたっぷり堪能して下さい・・・。」

ピーチュルルル・・・。鳥の鳴き声が聞こえる。風が頬にあたる。
僕はゆっくりと目を開けてみた。
そこには男の姿はなく、僕は大きな木の幹を掴んでいた。


<木の惑星>

「・・・な、なんだこりゃ。」
僕は確かにあの男の服を掴んでいた。だが今は木を掴んでいる。
不思議な事に、掴んでいる感触に全然違和感がなかった。
服と木では感触は全然違うはずなのに。
さらに場所がまるで違う。トンネル前にいたはずなのに、今は森の中だ。
どういう事だ?

僕は考えた。ここは、あの男の言う『木の惑星』なのだろう。
契約書を読んでみると、ここに自由に住んで良いとか、食べ物についてとか書か
れている。
どういうトリックでここに飛ばされたかはわからないが、ここで暮らしていいで
はなく、暮らさなければならなくなったようだ。
今、すべきことは泣いたり、悲観したりではなく、あの男に対して怒る事だ。
こんな素晴らしい所へ飛ばしてくれるなんて・・・ぜったい、戻ってやる。
とにもかくにも、とりあえずこの辺を探索することにする。まずは前方の山。
前方に木々の間からこんもり見える山のようなものが見える。しばらく歩くと山
肌が見えてきた。
「おー・・・」
ちょうど良い事に、洞窟がぽっかり開いている。
中もちょうどいい広さ。なにかが潜んでいる気配もない。
「よーし、ここは僕ん家だ。決めた。」
ねぐらも見つけて、次は食べ物か。ここを拠点に辺りを調べてみよう。
結局、夕暮れまでにわかった事は、まず川があったこと。そして食べ物は豊富に
あるという事。木の実はだいぶあるからしばらくは大丈夫だろう。
「ういー、疲れた、疲れた。」
暗くなったら、なにも見えないだろう。今日の探索はこの辺にしておこう。
手に入れた果実をほうばりながら考える。
そういえば、ここは危険な動物とかいないのか?夜になったらやばくないか?
・・・どうしよう。とりあえず、火焚いとけば大丈夫か?
ってことは、薪がいるな、急いで拾わないと見えなくなるぞ。ヤバイ・・・。
僕は急いで外へ駆け出した。
「ういー、疲れた、疲れた、疲れた。」
辺りはもう、薄暗い。
拾った薪に火をつけた。タバコはすわないが、おやじからもらったジッポがこん
な所で役に立つとは思わなかった。
火のはぜる音を聞きながらまた考える。とりあえず、この家が無防備なのはマズ
イな。家の前になんか扉のような物を作った方がいいかもしれない。
今のままでは安心して眠れないだろう。よし、明日は扉作りをしよう。
変容する火を見つめながら、明日の事を色々考えた。
今日は徹夜かな・・・。

ピーチュチュ・・・、眩しい朝の光で目が覚めた。
どうやら火の側で眠ってしまったらしい。なにかに襲われたらという恐怖よりも
自分のマヌケ加減に笑いが込み上げてきた。まぁ、おかげで疲れも取れたし今日
をその分頑張れば良いのだ。早速出かけよう。
木の実を食べながら扉の材料を探す。ちょうどいいツルと、木などを集める。
自分でもこんな才能があったのかと驚くくらいにテキパキと扉を作っていった。
その辺にあった石なども利用し、割合と早く結構な扉が完成した。
ちゃんと出入り口も作った。まともな道具もなしによくできたもんだ。
満足感に満たされた僕は、夜のご飯と火を焚く薪を探しに出かける。
これからは、めし取りと薪取りが毎日の習慣となりそうだ。

今日でたぶん二週間目。正の字2つとできかけ1つ。石を使って洞窟内に書く。
今日も一日探索をしてすごした。
扉を作ってからは、もっぱら探索をしている。川で行水もしたりした。
なにもないこの世界は不思議と退屈しなかった。いや、ここに来る前はやる事は
いっぱいあるのに、なぜか退屈を感じていた。
自分で考える時間ができたせいもあるかも知れない。僕は自分に無理をして遊ん
でいた。それをしなければ、僕でなくなってしまう。そういう不安があったのだろう。
普段は絶対面白くないという事も、面白いと感じられるようになったのは大きな
収穫かもしれないと思った。 僕はツルと小枝で作ったオモチャを振り回し、夜影に映える火を眺めていた。


<木の惑星で>

ゴツン。
「ん・・・?」
扉の方から音がしたような気がした。
ガタ、ガタガタガタ。
間違いなく音がしている。なんだろう?身を起こして警戒する。
ガタガタいいながら扉が開いていく。
扉の闇からあらわれたのは、一人の女性だった。
「・・・あなた、この星の人?」
突然の質問。どうやら僕が『木の惑星』の住人かと聞いているらしい。
「・・・いや、君はだれ?」
「私、マキ。コダマ マキ。」
「じゃあ、コダマさん、君はどうやって・・・」
「やめて。」
「え?」
「ごめんなさい、名前の方で呼んで欲しいの。」
「?・・・じゃあ、マキさん。君はどうやってここに来たの?」
とりあえず、彼女を中に入れ、扉を閉める。
「僕は、ヒロシ。ワタナベ ヒロシ。」
彼女は栗色の髪をおさげにした、温和そうな顔立ちの子だ。
聞けば歳は同じ。彼女の方がすこし年上のようだ。
やはり、あの謎の男に契約書をもらいここに飛ばされたようだ。
僕は、今まででわかったこの惑星での事を簡単に教えてあげた。
まず、この星では鳥はいるが昆虫のたぐいがまったくいない。動物も肉食、草食
を問わずまったくいない。川にも魚はいなかった。
ただ、そのせいかどうかはわからないけど木の実は豊富にある。
つまり、ここは生態系の異なるやはり別の星かもしれない。ただ、まだこの近辺
しか調べていないので動物等はいるかもしれない、という事を話した。
「そうなの・・・。」
「じゃあ、明日僕がこの辺を案内するよ。それで探索を手伝って欲しいんだ。」
「うん、わかった。・・・協力する。」
マキさんも疲れているようなので、今日は寝ることにした。ただやっぱり突然の
来訪者のおかげで眠りにつくのはかなり遅かった。
それは向こうも同じだったようだ。

翌朝、早速木の実の取れる場所へ案内した。
楽しい。
人がいるということがこれ程楽しいことかと思った。
そして、川とその周辺を案内する。
「大きな川ね。きれい・・・。」
澄んだ川面に、きらめく陽光を見つめながら彼女は言った。
明日も案内の日々が続く。

マキが来て一週間がたった。僕らは互いに色々と話合う仲になっていた。
「ヒロシは友達たくさんいるの?」
「え、うん、遊び友達はたくさんいるよ。」
「私ね、友達いないの。ううん、正確にはいなくなった。」
僕は黙って聞く。
「私、これでも話上手だし、誰とでも仲良くなる事もできると思うの。
でもね、
まわりの状況がそれを許さない事もある。うそや噂で作り上げられた虚像は、た
とえ本人に身に覚えがないとしても、その人を苦しい立場に追いやるの。こうい
う人はこの世の中で何人もいると思う。」
「でも、私ここへ来て良かったと思う。あなたは私の話を聞いてくれるし、私は
あなたの話を聞いてあげられるわ。これって素晴らしい事だと思うの。」
いつになく饒舌な彼女の話を聞く。彼女もこの星で色々と考えているのだろう。
「そうだね。」

壁に書いた正の字が12個になった。
「ヒロシ、今日はひよこ岩までいくんでしょ。」
「うん、じゃメシ食っていこう。」
僕らが勝手に命名した岩だ。そのまんまひよこに似ているからひよこ岩。
今日はその岩の裏側を調べようとしている。かなり大きな岩で登ってみないと、
どうなっているのかわからない。
僕から早速登ってみる。傾斜はゆるやかなのでなんとか登っていける。
その後に彼女が続く。
「ふいー、結構つかれるなぁ。」
僕はてっぺん手前で小休止する。彼女もテンポ良く登ってくる。
「マキ、あんまり無理するなよ!」
「うん、大丈夫だよ。」
するすると登ってくると、隣に腰を降ろす。
「ふー、もうちょっとかな。少し見てくるね。」
彼女は止める間もなく頂上へと進んでいった。
「うっ、わー!!」
突然の悲鳴に全速力で頂上へ駆け上る。
闇だった。ゆるやかな斜面にしがみつく彼女の下に広がっているのは黒い空間。
それが、なにかはわからなかったが、彼女をそんな所に落としてはならないとい
うのはわかった。手を伸ばし引き上げる。引き上げた彼女は震えていた。
「ご、ごめんね。しばらくこのままでいて。」
抱きかかえた腕の中の彼女が落ち着くのを待った。


<木の惑星 そして>

今日の探索は一時中断して、とりあえず家に戻ってきた。
「ん・・・?」
中に入ると、紙切れが2枚落ちていた。
『ワタナベ ヒロシ様 木の惑星モニター体験は今日で終了です。またのご利用
お待ちしております。』もう一枚の紙には『コダマ マキ様』で同じ内
容で書かれている。
「なんだと・・・!」
彼女の方も紙をみて呆然としている。
今日で終わり・・・。考えてみれば、僕はここを出たかったんじゃないのか?
これは、喜ぶべきことなのに、なぜか喜びは感じなかった。
「私達、もう会えないのかな。」
「大丈夫、僕が会いに行くよ。マキの住所教えて欲しいな。」
一瞬、笑った彼女の顔が、とたんに曇る。
「どうしたの?」
「・・・思い出せないの。家族も近くの海も思い出せるのに名前がでてこない・・・。」
「そんな! じゃあ、そうだ電話番号。電話番号ならわかるよね。」
彼女は悲しげな顔で首を振る。
「馬鹿な、じゃあ僕のを教えておくからそれで・・・。」
思い出せなかった。僕も大学、バイト先の人の名前も顔もはっきり覚えているの
に自宅の住所も、電話番号すら思い出せなかった。
「そんな・・・じゃあもう会えないのか?」
足の力が突然抜けひざまずいた。そんな、そんな・・・。
目が熱くなる。僕は泣いていた。しらないうちに泣いていた。
彼女の存在が僕にとってこんなに大きなものになっているとは気付かなかった。
「ごめんね、私のせいでこんな苦しい思いをさせて、ごめんね・・・。」
頭の上から覆い被さるように彼女が抱きしめてくれた。

しばらくして僕が落ち着くと彼女は言った。
「ねぇ、ついてきて」
しばらく彼女について歩くと、そこは最初に来た大きな木の前だった。
「ふぅ。」
彼女は木の根本に腰をおろす。青空に雲が流れていく。
「今日はここですごしましょう、ね。」
「そうだね。」
やがて夜になった。僕は薪に火をともし眺めている。彼女もなにも言わない。
ただ沈黙の時が流れた。
どれくらい経っただろう。彼女は突然話し出した。
「ねぇ、希望ある?」
「え?」
「私ね、またあなたとこんな惑星で一緒に探検できたらいいなぁって思うの。」
「・・・そっか。」
しばらくの静寂が続く。
「ありがとう。」
同時に言ったその言葉にお互い微笑んだ。やがて強烈な眠気に襲われ僕の目の前は真っ暗になった。


<木の惑星>

目を開けると、あの男が立っていた。
「やぁ、いかがでした『木の惑星』。お気に召しましたかな?え、あまり気に入
らなかったですか。そうですか。いや、でもあなたは大変運がいい。いまなら、
『水の惑星』のモニターとして参加できますよ。契約書は一名500円。どうし
ます?」
『木の惑星』に行く前の僕だったら、殴り倒して去っていっただろう。
でも今は違う。
僕は払ったはずの千円札を男に渡し言った。
「契約書2枚、おねがいします。」



[作者コメント]

Moriさんの絵を見て女の子をだそうと欲張ったのがいけません
でした。なんだかまとまらない話で申し訳ないです。
小説のワタナベヒロシさんはお世話になった方の名前を拝借
させていただきました(笑)


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